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アパレル情報

様々なファッションスタイル
「パンク・ロック」



1970年代半ばに生まれたパンク・ロックは、新しい音楽性とともにミュージシャンのファッションスタイルも世界に衝撃を与えました。パンク・ロックのファッションスタイルは、現代の若者にも継承されています。

パンク・ロックファッションとは

パンク・ロックファッションとは

パンク・ロックは1970年代半ばにアメリカのニューヨークのアンダーグラウンドシーンで生まれました。イギー・ポップやラモーンズ、テレヴィジョンらによる、攻撃的で反社会性のあるスピリットに乗せたシンプルなスリーコードのパンク・ロックは、社会に大きな影響を与えました。パンク・ロックがファッションに結びついたのは、パンクがロンドンに渡ってからのこと。ロンドンでニューヨーク・パンクに影響されてパンクバンドがいくつか出現するなか、奇抜なファッションでパンクを演奏するセックス・ピストルズは、若者の心を捉えました。

パンク・ロックファッションは、寝癖のようなヘアスタイルに、ビリビリに破れたシャツやジーンズに安全ピンや缶バッジをたくさん付けてアクセサリーにするという過激なもの。お金のない若者でもすぐ真似ができることから、ストリート・ファッションとして広まりました。1980年代に入ったイギリスでは、不況下で仕事を失った若者たちの不安とパンク・ファッションがオーバーラップして、原色に染めた髪を立てたモヒカンやスキンヘッドにレザージャケットに鋲打ちしたライダース・ジャケット、ドクター・マーチンのブーツなど、ハードコアなスタイルに変わって行きました。

セックス・ピストルズとパンク・ロックファッション

セックス・ピストルズとパンク・ロックファッション

セックス・ピストルズによって1970年代後半に流行したパンク・ファッションの影の仕掛人が、マルコム・マクラレンとヴィヴィアン・ウエストウッドです。当時二人がロンドンのキングスロード「レット・イット・ロック」というショップを開いていました。そこにたむろしていたストランドというバンドのメンバーをパンクバンド「セックス・ピストルズ」としてプロデュースを手がけるようになります。店の名前も「SEX」に変えて、衣装はヴィヴィアン・ウエストウッドのデザインによるガーゼシャツやボンテージパンツなど、パンクなアイテムを提供しました。それらは、「セディショナリーズ」というブランド名で売り出され、その反逆性とエレガンスを融合したアヴァンギャルドなファッションは、イギリスの労働者階級をメインに受け入れられ、パンク・ムーヴメントを起こしました。

日本でのパンク・ロックのブーム

日本でのパンク・ロックのブーム

イギリスのパンク・ロックムーブメントの影響を受け、日本でも1970年頃からパンクバンドが次々と結成されました。代表的なバンドには、「シーナ&ロケッツ」、「アナーキー」、「ザ・スタークラブ」、「ザ・スターリン」などが挙げられます。1970年代から1980年代にかけて、これらのバントのファンを中心に、ファッションシーンでもパンク・ロックのスタイルが現れました。また、2000年代に入って、矢沢あいの少女漫画「NANA」の影響により、日本の若者の間でパンク・ファッションがリバイバルしました。主人公のナナと蓮のカップルの関係性に、セックス・ピストルズのシドと恋人ナンシーを彷彿とさせるほか、ナナや登場人物がパンク・ファッションに身を包んでいます。ライダース・ジャケットやセディショナリーズのボンテージパンツ、ドクター・マーチンのブーツ、ヴィヴィアン・ウエストウッドのラブジャケットやクリノリンスカート、ロッキンホースシューズなどは復刻品が販売されました。