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素材を知る[生地編] 麻



日本では麻のことを、アサ科アサ属の大麻から作られた繊維を指しましたが、のちに外国産のアマ科の 亜麻やイラクサ科の苧麻(ちょま、別称はラミー)などを含めた植物繊維全般を指すようになりました。 現在、日本で麻の名称で流通している繊維のほとんどは亜麻から作られたリネンを指します。最近ではリネンと日本古来のアサ科の大麻を区別するため、大麻を英名のヘンプと呼ぶこともあります。

麻の類似繊維や代用繊維

麻の類似繊維や代用繊維

亜麻や苧麻のほか、麻の類似繊維として、船舶用ロープの素材となるバショウ科のマニラ麻(アバカ)やリュウゼツラン科のサイザル麻が使用されています。また、シナノキ科のコウマやシマツナソがからとれるジュートは麻袋を作るのに使われています。アフリカ原産でアオイ科のケナフからとれる洋麻(アンバリ麻、ボンベイ麻)も最近ではジュートの代用素材となっています。

特性

特性

独特の張りと光沢と通気性があり、吸水性、撥水性ともに良く、夏物の衣料品や寝装具などに多く用いられます。短所としてはしわになりやすく、堅くて伸縮性が無く、保湿性に乏しい点があげられます。特に苧麻(ラミー)は絹のような光沢と、耐久性の強さ、手触りに涼感が強く、麻らしい個性を強く持つ生地とされています。

亜麻(リネンの歴史)

亜麻(リネンの歴史)

亜麻(リネン)の歴史は古く、グルジア洞穴から3万2000~2万6000年前と推定されるリネン糸の断片が発見されたり、紀元前8000年のチグリス・ユーフラテス川でも、人類がリネンを使用した痕跡が見られます。古代エジプトでは、リネン製の布が神官の衣服や神事、さらには一般の衣服にも使われていたことが、古い文献から明らかになっています。また、ピラミッドで発掘されたミイラを包んでいたのもリネンです。

日本に初めて繊維用植物としてのリネンを紹介したのは、榎本武楊という人物です。彼は1874年(明治7年)、公使として赴任していたロシアからリネンの種を日本へ送り、それを当時の北海道開拓長官、黒田清輝が札幌の屯田兵に栽培させたといわれています。その後、1878年(明治11年)にフランス留学した内務省技師、吉田健作がリネンの紡績を学び、1881年(明治14年)に帰国した後、日本初のリネン紡績会社を設立しました。第2次世界大戦中には、十勝地方を中心に北海道全域で40haもの広大な土地で栽培が行なわれていました。

苧麻(ラミー)・大麻(ヘンプ)の歴史

苧麻(ラミー)・大麻(ヘンプ)の歴史

中国では紀元前6000年に食用として使用され、紀元前4000年に布地、紀元前1500年からは食用・繊維のための栽培もされていたといわれます。「麻」という漢字は、草(林)が乾燥小屋(广)に収められている様子を示しています。日本では、リネンと比べて苧麻(ラミー)と大麻(ヘンプ)は歴史が古く、紀元前から栽培されていたとして「魏志倭人伝」に、さらに「日本書紀」などにもその記述が見られます。戦国時代に木綿の栽培が全国に広まるまでは、絹を除いて、麻が主要な繊維原料であり、糸、縄、網、布、衣服など多岐に渡り使用されていました。苧麻は江戸時代、からむしと呼ばれ、出羽、会津、越後が代表的な産地となり高級麻織物の奈良晒や越後縮の材料として重宝されました。一方大麻は、伊勢神宮の神札を大麻と呼ぶ由来となった植物として、神道とも深い関わりを持っています。また、い草と組み合わせて畳の材料として、茅葺屋根作りの素材としても使用され、日本の文化、風土に根ざした身近な素材だったといえます。大麻については、第二次世界大戦後、大麻取締規則が適用されることになり、栽培量は減少しました。